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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)9631号 判決

原告 山田貞子

右訴訟代理人弁護士 河合怜

同 竹之内明

同 久木野利光

被告 櫛田達義

右訴訟代理人弁護士 川邊周彌

被告 飯沼茂

被告 須藤清

右被告両名訴訟代理人弁護士 三川昭徳

主文

一、原告の請求をいずれも棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、請求の趣旨

1. 被告らは、原告に対し、連帯して金三六〇万円及びこれに対する昭和五六年九月二〇日以降支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は被告らの負担とする。

3. 第1項について仮執行の宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 原告の請求をいずれも棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求の原因

(賃借権の侵害による損害賠償請求)

1. 本件賃貸借契約の締結

原告は、櫛田産業株式会社から、昭和五二年四月二一日、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)について、次の約定でこれを賃借してその引渡しを受けた(以下右契約を「本件賃貸借契約」といい、これに基づく原告の賃借権を「本件賃借権」という。)。

(一) 期間 昭和五二年四月二一日から昭和五五年九月末日まで

(二) 賃料及び弁済期

一箇月金三万円の賃料を毎月二八日持参して支払う。

2. 被告らの不法行為

被告らは、昭和五五年七月初めころ、原告が右賃貸借契約に基づく賃借権を有することを知りながら、共謀のうえ、本件建物を取り壊して、原告の権利を侵害した。

3. 損害

原告は、被告らの右不法行為により賃借権を侵害され、金三六〇万円相当の損害を被った。

(抵当権の侵害による損害賠償請求)

4. 被担保債権の存在

(一) 原告は、被告櫛田達義及び櫛田産業株式会社等に対し、昭和五一年八月二日から同年一一月一二日までの間に合計金一億八八〇四万一四一八円を貸し渡し、同年八月七日から昭和五二年一一月一八日までの間に合計金一億五八八九万八四二五円の弁済を受けた。

(二) 原告は、櫛田産業株式会社との間で、昭和五一年一一月四日、右貸金残金の内金二七九一万五四〇九円を消費貸借の目的とすることを合意して準消費貸借契約を締結した(以下「本件準消費貸借契約」という。)。

5. 抵当権の設定

(一) 原告は、櫛田産業株式会社との間で、昭和五一年一一月四日、本件建物について、本件準消費貸借契約に基づく金二七九一万五四〇九円の返還請求権を被担保債権とする抵当権設定契約を締結した(以下右契約を「本件抵当権設定契約」といい、右契約に基づく原告の抵当権を「本件抵当権」という。)。

(二) 本件建物について、横浜地方法務局秦野出張所昭和五二年四月二一日受付第五六九三号の抵当権設定登記(以下「本件抵当権設定登記」という。)がされた。

6. 不法行為(抵当権の侵害行為)

被告らが昭和五五年七月初めころ本件建物を取り壊したことは、2で述べたとおりである。被告らは、原告が本件建物について本件抵当権を有することを知りながら、共謀のうえ、本件建物を取り壊して、原告の権利を侵害した。

7. 損害

原告は、被告らの右不法行為により本件抵当権を侵害された。被告らの不法行為当時本件建物の価格は金一六八万七〇〇〇円を下回らなかった。右の損害と本件建物についての借地権価格とを合計すると、原告の受けた損害は金五六八万八四〇〇円を下回らない。

よって、原告は、被告らに対し、本件賃借権又は本件抵当権の侵害を理由とする不法行為による損害賠償請求権に基づき、連帯して損害金三六〇万円(本件抵当権については損害金五六八万八四〇〇円の内金三六〇万円)及びこれに対する不法行為の日以降の日である昭和五六年九月二〇日以降支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

二、請求の原因に対する認否

1. 請求の原因1の事実は否認する。

2. 同2の事実のうち、被告らが昭和五五年七月初めころ本件建物を取り壊した事実は認め、その余の事実は否認する。

3. 同3の事実は否認する。

4. 同4の事実は否認する。

5. 同5の事実について、(一)は否認し、(二)は認める。

6. 同6の事実のうち、被告らが昭和五五年七月初めころ本件建物を取り壊した事実は認め、その余の事実は否認する。

7. 同7の事実は否認する。

三、抗弁

1. 原告は、遅くとも昭和五五年九月六日までに本件建物が取り壊され、抵当権侵害の事実及び加害者を知った。

2. 原告は本訴において右消滅時効を援用する。

四、抗弁に対する認否

抗弁1の事実は否認し、消滅時効が完成した旨の主張は争う。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、本件賃借権の侵害を理由とする損害賠償請求について

まず、本件賃貸借契約の成立について判断する。

甲第二号証及び第六号証中賃貸人櫛田産業株式会社作成名義部分が真正なことは当事者間に争いがない(第六号証については公証人による確定日付の作成部分についても当事者間に争いがない。)から、民事訴訟法三二六条により同証は全部真正なものと推定すべきである。

右甲号各証、原本の存在及び成立に争いのない乙第一号証は原告の主張に副い本件賃貸借契約の成立の事実を記載内容としたものであるうえ、原告と被告櫛田達義との間で成立に争いがなく原告とその余の被告らとの間では弁論の全趣旨により成立の認められる甲第七号証の一ないし一二、証人山田秀臣の証言により本件建物の鍵の写真であると認められる甲第三一号証の記載内容及び被写体の存在の事実がその裏付けとなるものであるかのようであり、証人山田秀臣の供述中には原告の主張に副う部分がある。

しかしながら、成立に争いのない甲第一号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第八号証の一、二、前掲甲第七号証の一ないし一二、証人山田秀臣の証言(後記採用しない部分を除く。)に弁論の全趣旨を併せて考えれば、本件建物について、横浜地方裁判所小田原支部が昭和五二年二月二二日競売開始決定をし、同年三月三一日任意競売申立ての登記がされたこと、本件賃貸借契約に係る賃貸借契約書の作成日付が昭和五一年九月三〇日とされているものの、実際には本件建物について昭和五二年四月二一日本件抵当権設定登記がされた際に、日付を遡らせて本件賃貸借契約の契約書が作成されたものであり、右競売開始決定に先立って賃貸借契約が締結されたもののように装うことを企図して右のとおり賃貸借契約書の日付を遡らせたものであること、原告及び山田秀臣は、右契約書の作成に加え、神奈川県秦野市に対し、昭和五二年四月一三日本件建物に転入した旨の届出をし、さらには、本件建物に原告の表札を出したり、郵便受けを設置したりして居住の外形を作出したこと、しかしながら、本件賃貸借契約の契約書を作成した当時の原告及び山田秀臣の生活の本拠は東京都文京区湯島三丁目二八番一号エリートイン湯島三〇三号であり、右契約書の作成及び住民票の移動にかかわらず、原告及び山田秀臣の右生活の実態にはそれ以後もなんらの変更がなかったこと、本件建物は以前から櫛田産業株式会社が管理しており、右契約書の作成のころからは被告櫛田達義も本件建物に居住するようになったこと、本件建物について本件抵当権設定登記をした際に原告及び櫛田産業株式会社代表取締役被告櫛田達義が日付を遡らせてまで本件賃貸借契約の契約書を作成したのは、本件建物及びその敷地をめぐって債権者及びその配下等の思惑が錯綜する中で、右のような外形を作出することにより必要に応じて原告が本件賃借権を主張し、もって本件建物の競売手続において売却を困難ならしめ、あるいは自ら競落することを企図し、あるいは競売手続によらないで本件建物及びその敷地が処分される際には事実上その障害となることを利用して、右処分のときに売却代金の中から金銭の支払を受けることを狙ったものであり、実質的には原告の櫛田産業株式会社に対する債権の担保とする目的に基づくものであったというべきであること、また、原告及び山田秀臣が神奈川県秦野市に対し本件建物に転入した旨の届出をしているものの、右転入の届出は、右に述べたとおり実質上担保目的で外形を作出することとの関連でされたものであるほか、本富士産業の代表者の住所地を本件建物の所在地にする必要があったためであること、以上の事実が認められ、証人山田秀臣の前記供述部分はたやすく採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、前掲甲第二号証、第六号証、甲第七号証の一ないし一二、乙第一号証の各記載並びに証人山田秀臣の前記供述部分中には原告の主張に副い、本件賃貸借契約の成立の事実に副う部分があるものの、右認定事実に照らすときはたやすく採用することができず、他に本件賃貸借契約の成立の事実を認めるに足りる証拠はない。

よって、本件賃借権の侵害を理由とする原告の損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

二、本件抵当権の侵害を理由とする損害賠償請求について

本件建物について本件抵当権設定登記がされた事実及び被告らが本件建物を取り壊した事実は当事者間に争いがない。

しかしながら、前掲甲第一号証に弁論の全趣旨を併せて考えれば、本件建物については、原告が被担保債権の存在を争う被告須藤清の順位一一番の根抵当権設定登記に係る根抵当権を別としても、本件抵当権に優先する別の抵当権者の抵当権が存在し、その被担保債権額も相当多額のものであったことがうかがわれるところ、本件建物が取り壊されずに競売手続によって売却された場合において原告が実際に配当を受けることができる立場にあったことを認めるに足りる証拠はなく、本件抵当権設定登記手続を行ったことに加え、本件賃貸借契約の外形を作出することにより、本件建物の競売手続又は任意売却手続において、本件建物について本件賃貸借契約が外形的に存在することが事実上右手続遂行上の障害となり、その結果原告が右処分のときに売却代金の中から金銭の支払を受けることを期待することが可能な立場にあったとしても、右事実上の利益を享受する機会を喪失したことが法的に保護されるべき損害の発生に当たるということはできないから、結局原告にその主張に係る損害が生じたものと認めることはできない。

よって、本件抵当権の侵害を理由とする原告の損害賠償請求も、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

三、結論

以上の次第であって、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高世三郎)

〈以下省略〉

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